『霧深きエルベのほとり』は日本を代表する劇作家である菊田一夫が宝塚歌劇のために書き下ろした作品。1963年の月組初演以来、1967年月組、1973年月組、1983年花組で再演され人気を博してきた。この2019年星組公演では、時代設定を初舞台の1960年代よりも少しさかのぼり、1930年くらいに見なおし、紅ゆずるの個性を活かしながらも、本物の男らしさを持つ役を生き生きと魅力的に描いた。
エルベとは、ドイツ北部の都市ハンブルグを流れるエルベ河のことでチェコ北部からドイツ東部を流れ、ハンブルグ付近で北海へと注ぐ、ヨーロッパを代表する国際河川のひとつ。
船乗りのカール・シュナイダーは、船乗りを辞めるつもりで故郷のハンブルクに帰ってきた。時にこの港街は年に1度のビア祭りの初日。祭りの興奮で盛り上がる酒場で、カールはマルギット・シュラックと出会う。彼女は父親との確執によって家出した名家の令嬢であり、「自由になりたくて」家出してきた。二人は互いに惹かれ、別れがたく思い、湖畔のホテルで一夜を共にする。翌朝、カールはマルギットにプロポーズする。二人でアパートを借りて、一緒に生きようと誓いあう。
ところが、マルギットは、フロリアン・ザイデルという婚約者のいる身だった。レストランで連れ戻しに来た家族に対して「カールと一緒でなければ、家には戻らない」と強い思いで宣言する。
家に迎え入れられたカールに対して人々の目は厳しく、言葉や態度の粗野なカールは、場違いの浮いてる存在となる。マルギットもそんなカールを恥ずかしく思いはじめるが、フロリアンはそんなマルギットさえも優しくいさめる。
カールも、マルギットの心の変化に気づき、愛し合っているのに、すれ違う感情に翻弄され、ついにカールはマルギットの幸せを思い別れる決心をする。父親ヨゼフからの手切れ金を受け取り、マルギットに憎まれ口と別れセリフを吐き捨てて屋敷を出て行く。
マルギットは失意にくれるが、フロリアンは、あのセリフはカールがマルギットのためを思って無理に作った言葉だと諭され、二人で後を追う。しかし、カールの行きつけの酒場で、彼は再び船に乗り今夜出港すること、船が出たら手切れ金をマルギットの元へ返してくれと頼んでいった事を聞く。
そのとき、エルベの夜霧をついて出港の合図である汽笛が鳴り響いた。マルギットの幸せだけを願うカールは、カモメたちに思いを残しながら、海へと独り旅立って行く。